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「本屋」に行けば、アパレルや居酒屋、理髪店も楽しめる 斜陽だった老舗書店が大成功した「新業態書店」の舞台裏

横浜を本店に、神奈川県・東京都などに店舗を展開する書店チェーン有隣堂。創業から2025年で116年目を迎える老舗だが、「紙の本が売れない」という斜陽産業の状態にあった。7代目の松信健太郎代表が取り組んだのは、本屋の枠を大きく超えた「新業態店舗」への挑戦と社内の意識改革だった。「本を売ることとは何か」という根源的な問いかけからたどり着いた大きな成功体験の舞台裏を聞いた。

利益水準の低下に対する戦略

−−−−アルバイトを経て有隣堂に正社員として入社して、どんな課題に取り組みましたか?

今も同じですが、一番の経営課題は、縮小する出版物のマーケットに対する戦略が打ち出せていないという点です。弊社だけでなく、旧来型の本屋は全て、利益水準の低下を共通の悩みとして抱えているのが現状だと思います。

入って3年目に、店売事業部長、要するに店舗の責任者になりました。最初に取り組んだのが店舗オペレーション改革プロジェクトの立ち上げです。チェーン店として店舗オペレーションを統一化し、ICT機器で効率化しようということでした。

ただ、現場にはなかなか理解が得られず、スムーズには行きませんでした。スタッフも反抗こそしませんが、自分たちのやってきたことを否定されていると受け止めてしまう。そこは十分な説明が必要でした。

−−−−御社はオフィスソリューションなどのBtoB事業で収益を上げていますが、それでもBtoCの書店業は重視しているということですね。

事業の実態は確かに、BtoBに収益を依存している部分はあるのですが、創業時からのDNA としてはやっぱり本屋だという矜持があります。

だからそちらを縮小するわけにはいかない、「本業で立て直さなければいけない」という強い思いが父にも、当時の他の役員にもありました。私も、その方がやりがいはありました。

−−−−オペレーション以外の部分での戦略は?

書籍を売るために書籍外商品を拡大するということをやりました。私は入社後、忙しくて本を読む時間が全くなくなってしまいました。同じ境遇の人も多いと思います。

本を読まなくなると本屋に行かなくなる。するとますます本を読まなくなり、本を買わなくなる。それなら、本以外に本屋さんに来る動機があれば、ついでに本を買ってもらえるかなと思いました。

元々、文具や雑貨を扱っていたので、それを拡大する形で、本以外のものに来店動機を求め、来たお客様にスタッフが目利き力や販促力を使って本を提案していく、そんな形の店舗を作ろうと努力してきました。

ヒビヤセントラルマーケットの成功

東京ミッドタウン日比谷内にあるHIBIYA CENTRAL MARKET(写真提供:株式会社有隣堂)

−−−−実際に、書籍外商品が集客につながった店舗はありますか?

一番顕著に効果が出ているのは、東京ミッドタウン日比谷に出店している「ヒビヤセントラルマーケット」です。ここは床屋、アパレル、居酒屋などが入っていて、本はほとんどないのですが、それでも私は「本屋」だと言い張っています。

書店を複合化する時、ちょうどいい地点に落とすためには、一度思いきり極端なところまで振ってみることが必要だろうと、半分やけくそで作ったのですが、ここがビジネス的に極めてうまくいっている。これは大きな成功体験になりました。

このノウハウで、既存店をちょうどいい地点に落としていく作業をこれからやらなければならないところです。

−−−−複合型の店舗に、従業員さんの反応はどうでしたか?

この試みは対社内的な意味も大きくて、「書店員として何を売ってきたのか」、ということを皆にもう一度考えてもらいたかったのです。

例えば「地球の歩き方」を買う人はその本が欲しいわけでも中の情報が欲しいのでもありません。一番欲しいのは「旅行の楽しい1週間」なわけだから、ある意味夢を売っていると言えないか。もっとわかりやすく言えば、本屋は「幸せを売っている」と考えたらどうだろうと。

いい服を着る、髪型が決まる、おいしいものを食べる。そういう、幸せになるものを合わせて店を作ったのがヒビヤセントラルマーケットなのです。その趣旨を店員がきちんと理解してくれて、それを本の形でアウトプットしてほしい。

「人に夢を与えられるものを売っているのだから、自信を持って、自分の勧めたい気持ちに正直になって売っていこうよ」と、そんなことをやりたかったのです。実際、若い人を中心に一部の従業員の意識は確実に変わったと思います。

書籍メイン型書店として台湾の「誠品生活」出店

−−−−複合型店舗として展開中の「誠品生活日本橋」について、開店の経緯を教えてください。

ヒビヤセントラルマーケットとは全く違うアプローチで、たまたまご縁があったのです。

台湾の「誠品」という、本をメインに多彩なコンテンツを展開する書店が、日本に出店する際の運営会社を探している話があり、そこに手を挙げてお店をやらせていただくことになりました。

誠品書店の強みは、イベントの集客力です。台湾の人口が2000万ちょっとの中で、誠品書店40店舗で年間イベント5000回行い、のべ2億人を動員していました。

「あそこに行けば楽しい経験ができる」と思える店作りをしている。また、食品やアートなどが、ある一定数集積することによって、書籍以外の来店動機が増える上、新しい景色をお客様に見せることもできるのでは、と思いました。

今、誠品生活の日本橋店は半分が書籍、半分が書籍以外です。書籍以外の力で集客をして、書籍もついでに見てもらう、そういう店舗の典型あるいは象徴としてやっています。

−−−−ヒビヤセントラルマーケットと誠品生活日本橋の違いは何ですか?

本を売ってきた信用力を使って、本以外の「モノ・コト・トキ」を売るお店を作る「信用利用型」と、本以外の「モノ・コト・トキ」の力を借りて本をしっかり売っていく「書籍メイン型」、この2タイプのベクトルの違いです。

本屋はまじめに商売をしているので社会の信用はある。「その信用を利用して違う商売をやってしまえ」というのが信用利用型です。それがヒビヤセントラルマーケット。対して、既存店は書籍メイン型を目指すことになると思いますが、何か一つ象徴的なものを持ってきた方が皆の意識が変わるので、台湾の誠品書店の力を借りた。そんなイメージです。

本を大事にする気持ちは父と同じ

−−−−2020年に代表に就任されてから、仕事にはどんな変化がありましたか?

細かい実務部分が増えはしても、基本的にやっていることはずっと一緒です。店売事業部長になった3年目から、書店をもう一度ビジネスになるところまで再定義することだけをやり続けていたので。目指しているものはほとんど変わっていないです。

−−−−松信さんの取り組みに対して、先代のお父様はどういうご反応だったのでしょうか。

ありがたいことに、基本的には何も言わなかったです。それまでもあまり何も言いませんでしたが、社長になってからは全く何も言わない。今も代表権を持つ会長ですが、基本的には任せてくれています。

やはり父も本を大事にするというベースがあって、それは私も同じだとわかってくれているので、その間のプロセスに関しては口を出さないようにしてくれているのだと思います。普段口はあまりきかないのですよ、けんかになるので。それでも、あうんの呼吸はあります。

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プロフィール

株式会社有隣堂 代表取締役社長 松信 健太郎 氏

1972年、福岡県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、弁護士を目指すが断念。2007年に株式会社有隣堂に入社、主として店売事業部門を担当する。2012年取締役、2019年9月取締役副社長。2020年に代表取締役社長。神奈川県や東京都を中心に、カフェや雑貨店などを併設する複合型書店を展開。2020年から始めた社員出演のYouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」が話題を集めている。

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